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「Roots Project Vol.4 メディアセッション~マスコミのプロが語る、変化する社会とコリアンルーツの強み~」イベントレポート

 9月29日、前回と同じ渋谷のAbema Towersで「Roots Project Vol.4 ~変わり続ける社会とシゴト観。学生と語るワークセッション~」が行われました。

 第4回目となった今回は、第1部にメディア業界で活躍する方を招いての「メディアセッション」、第2部に“若者の仕事観”について現役学生や若手社会人の話を伺う「学生セッション」という2部構成でイベントが進行されました。

 今回の記事では、第1部「メディアセッション」のレポートをお送りいたします。

【第1部】メディアセッション ~マスコミのプロが語る、変化する社会とコリアンルーツの強み~

明昱さんの自己紹介

 メディアセッションは、スポーツの分野でフリーライターとして活躍される金明昱(きむ・みょんう)さんと、大手新聞社で記者を勤めるKさんの2人にスピーカーとしてご登壇いただきました。

 お二人の簡単な自己紹介のあと、発起人の李成一(り・そんいる)がコーディネーターとなり、メディア業界で働くお二人のルーツに対する考え方などついて伺いました。

キャリア選択

 まずはキャリア選択という観点から、お二人がなぜメディアの道を進むことになったのかを伺いました。

 明昱さんは幼い頃から大学まで朝鮮学校に通いながら、今ひとつ自分が何をやりたいのかを見つけられずにいました。「現代にも、そういう考えを抱えている子もいると思いますが…」と学生だった当時の悩みを語った明昱さんがメディアの道を進もうと思ったきっかけは、大学時代のとある授業でのことでした。

 それは自分が書いた小説を発表し、同じ受講者全員から批評を受けるという授業でした。そこで、明昱さんは批評されることに快感を感じたと言います。

「自分の書いたもので他人に考えさせたり、感動を与えたり。もしかしたら他人の人生を変えられるかもしれない。それってとても魅力的な仕事なのではないか」

 授業を通じてそう思うようになった明昱さん。当時サッカー部に所属していた経験や、スポーツノンフィクション雑誌「Number」の影響もあり、メディア業界へ進むことを決意したそうです。

明昱さんと元朝鮮代表FW鄭大世選手のツーショットも(右側の写真)

 新聞社で働くKさんは明昱さん同様、高校まで朝鮮学校に通っていました。高校卒業後、日本の理系大学へと進学したKさんは、大学で薬剤師の免許を取得し、本来なら社会人でも薬剤師として働くところを、実習などの経験を通して自身のイメージとの乖離を感じたそうです。

 その後は大学院にも進みましたが、ここでも「研究者として食べて行くのもちょっと難しいかな…」と考えたKさん。結果、就職浪人の末に新聞業界へ進むことを決めました。

 新聞業界へ進んだきっかけの一つに、自分の生活の中で新聞が身近なところにあったことを挙げられました。

 家にはスポーツ紙含め約5紙が届き、大学院ではいつも2〜3紙程度が常備。論文を書く上で日本語力を磨くため、教授からの勧めでひたすら新聞を読んでいたそうです。

 もう一つのきっかけとして、Kさんが学生だった当時、朝鮮学校は日本の大学へ進学するには大学入学資格検定を受ける必要がありました。

 そうした背景から学生運動を行なっていたKさんらをとある大手新聞社が取材し、その記事が夕刊の1面を飾りました。その記事が、自分の伝えたい思いをしっかりと汲んでくれたことなどから、「この新聞社ならいろんな声を届けられるんじゃないか」と考え、取材を受けた新聞社へと入社しました。

 学生時代から、Kさんにとってメディアというのは常に批判的な対象でした。

「実際にメディアの人たちがどういう仕事をして、どういう価値観でこういう記事を書いているのか。朝鮮半島のことやいろんな社会現象のことなど。そういったのを自分が直接見て知りたい」

 そのような好奇心が、Kさんのキャリア選択にも影響を与えたと言います。

メディア業界で働くことのやりがい

 次に、それぞれ考えを持って進んだメディア業界で働きながら、どんなところにやりがいを見い出すのかを聞いてみました。

 明昱さんは、開口一番に「読者の反響」と話しました。

 「新聞や雑誌もそうだが、誰が見ているのか、読んでいるのか、顔はわからない。どんな感想を得ているのかもわからないが、最近はWebで記事を書く機会が多いこともあって、SNSなどを通じて反響が返って来たときに大きなやりがいを感じる」

 「インタビューしたトップアスリートから直接感謝の言葉をもらったときや、誰も書いたことがないような記事を書いたときがものすごく嬉しい」

  フリーライターとしてのやりがいを、明昱さんはこう語りました。

 Kさんも、読者からの反響や取材相手からの感謝の言葉がやりがいにつながると言います。

 新聞記者という職業柄、捜査当局の方針を変えるような取材をしたときに、「しっかり取材して記事を書いてよかった」と感じるKさん。

 夜回りや朝駆けの日々をこなしながら、普段は口の堅い人がポロっとヒントを喋ってくれたときにもささやかな喜びを感じるという点は、新聞記者らしいやりがいであると言えます。

 お二人の話にも登場した「読者」とは、それぞれにとってどんな存在なのか。

 「お客さんのような存在ですか?」というコーディネーターの素朴な疑問に対し、Kさんは「その人たちを喜ばせるためにやっているわけではないが、自分のやった仕事の結果として反応が来るのであれば、お客さんでは無いのかもしれない」と答えました。

 明昱さんは、「正直、自分の書いている記事は自己満足です」ときっぱり述べました。

 そのうえで読者からの反響があれば、尚更やりがいにつながる。でも、独りよがりな文章にならないようにする。

「依頼してくれた担当者や取材したアスリートを喜ばす。アスリートを取材すれば、その選手について来るファンの姿も見える。このアスリートについてしっかり書けば、ファンも反応してくれることは明らか」

 明昱さんにとっても、読者はお客さんという存在ではありません。

変化するマスコミメディアの在り方

 Webメディアの登場やSNSの発達によって、今も目まぐるしく変化するメディアの在り方。明昱さんは「ワイドショーなんかを見てても、現場に行かないでモノを喋っている人が多い。僕は現場主義をポリシーにしているし、メディア全体でそうしなければならない」と断言します。

 斜陽の新聞業界は年々発行部数も減り、特に若者の間ではまったく読まれていないことも往々にあります。

 「自分たちが国の政治、経済の一次情報を取ってこれる」ことに新聞記者はプライドを持ちながらも、今後も紙だけ売っていればいい状況では無いことも確か。時代に合わせ、新聞業界にもデジタルシフトの波が迫って来ているとKさんは言います。

 デジタル化による悩みもKさんは語りました。

 「デジタル受けする記事と伝えたい記事が乖離している」と問題点を述べたKさん。とある事柄の記事だとものすごいPV数を稼ぎながら、社会面のトップでも扱われるような記事がWebではまったく読まれない。有料記事なら尚更課金して読む人も現れないということで、商売になる記事と、記者が伝えたい、伝えないといけないと感じる記事が離れているという現状に、各新聞社は葛藤をしているとKさんは言います。

 メディア業界で働く上での「在日観」

 メディア業界で働くお二人の「在日観」について、それぞれの考えをお聞きしました。

明昱さんが伝えたいのは「自分の強みを知る」こと

 フリーランスとして働く明昱さんは、必要価値がなくなれば容赦なく切り捨てられる不安定な世界を生きています。

 そこで勝ち抜くために必要なのは自分の強み、「個性」があること。

「“在日コリアン”であることの強みを活かして、業界に自分の存在を認知させることができた」

 明昱さんはそう語ります。

 トップアスリートの中には自分が在日コリアンであることを明かすと親近感を持って接してくれる人もいれば、選手の親とも仲良くなったというエピソードもあるそうです。

 在日コリアンであることを自分の強み、個性として、自身の働く業界で活かす。それが明昱さんの「在日観」です。

 「”在日コリアン”であることはあまりアドバンテージと思っていない」

 一方で、Kさんはそう話しました。

 同じ新聞社にも在日コリアンの記者はおり、まったく珍しがられることもない。「朝鮮語をできるからといって重宝されたのは、南北や朝米の首脳会談のときにひたすら翻訳させられたとき」というKさん。

「在日コリアンとしての在り方とかどういう風に生きるかとか、それぞれ頭の中に観念はあると思う。でも、これから生きていく間にいろいろ変容していってもいいんだよ、という柔軟な気持ち。変容していく自分を許し、相手を理解する自分を高めること」

 在日コリアンだったからこそこうしたことに気づけたと、Kさんは話します。

 「例えば取材対象者だったとしても、自分とまったく違う立場の者にそこまで心を寄せられただろうか。この人の立場だったら…と考えることができただろうか」と考えたときに、自分の今まで生きてきたバックグラウンドというのが多少なりとも活きているのではないかと思うそうです。

皆様へのメッセージ

明昱さん「同胞社会の中によくある”在日魂”。あるにはありますが、日本社会で働いている身としては、バランスよく生きるすべを学んで、もっと隣にいる日本の人たちに対して…僕の場合は読者になるわけですが、偏りすぎないようにと意識をしています」

 「偏りすぎて挫折しかけたこともありましたが、今はどうすれば日本の方にも読んでいただけるのかというのを意識しながら、仕事を続けられています」

Kさん「私はメディアに身を置きながらも、日韓関係の記事とかは読みたくないんですよ。自分自身が傷つくのがイヤとか、そういうのを読んで腹が立つとか、っていうのでとても避けてきています」

「否定されるような世の中ではありますが、周りの情報に惑わされず、自分のことを好きなままでそのまま突き進んでほしいなと思います

イベント終了後、金明昱さんインタビュー

―イベントを終えての感想をお聞かせください。

「聞く人の心にどう突き刺さるかを考えていましたが、意外と皆さんが真剣に聞いてくれていましたし、自分の伝えたいことはそれなりに話せたと思います。(伝えたかったこととは)在日であることの強みは、意識せずとも人生でいずれ活きると思います。自分がどんな境遇で生まれたのかという意識を持つことで、それが自分自身を変えるパワーになるというか。人それぞれ毛色の違う独特なものを持っているはずなので」

「若い子も、意外とそういうのを意識しているのだなと感じました。在日コリアンであることはあまり意識せず、もっとフラットな考えを持っていると思っていましたが、若い世代がどんな感覚を持ってどう就活をしていたのかは、今後の子育てのヒントという意味でも勉強になりました」

―Kさんの話を聞いて感じたことはありますか?

「社会に対する反骨心やバネというか、自身の育った環境が新聞記者という職業とうまくリンクしていると感じました。ですが、Kさんだからコリア系の記事を書く、ということではないと思います。日本の社会問題を扱っていることからも、新聞業界という実力社会の中で問題意識を高めアンテナを張っていると思うので、そういう意味では自身が在日コリアンであることが、取材するなかで無意識のうちにリンクしているのかなと思いました」

「(話を聞いて)もう一度考えさせられました。そういう底辺の人たちの声を拾ってあげること…ウケ狙いの仕事ばかりやっている部分があったので。小さい声を拾って記事にするスタンスがとても大事ということを忘れかけていたので、思い出したような気がします。刺激的な見出しで記事を書けばウケが良いのはよくわかっていますが、メディアの人間はそこで葛藤を感じると思います」

「特に新聞は開いて読んでもらわないといけないですし、Webの場合はタイトルだけで読みたいと思ってもらわないといけないので。真面目なノンフィクションを書いても、評価してくれる人はいる一方で業界的に求められないことがあるのは、少し悲しく感じることもあります。それでも、やり続けることが大事だと思います」

―セッション後のグループトークで印象的な感想はありましたか?

「記事を書く上で葛藤があることに対して、感想を言っている人がいたのが印象的です。ただ流れてくる情報を読む人にはそういう葛藤があまり伝わりにくいですが、メディアの難しさについて感想を言ってくれたのが印象的でしたし、ありがたかったです。(メディアを)見る視点を一つ与えられたという意味ではよかったです」

グループトークで高校生と話し合う明昱さん

―最後に、改めてメッセージをお願いします。

「高校生や大学生でも、先輩たちがこれまでどう歩みを進めてきたかというのは必ずヒントになりますし、可能性は無限大に広がっていると思います。自分からするととてもうらやましいし、無料で聞けるのであれば積極的に参加してもらいたい。行動に移すか移さないかでは、ものの考え方や人脈の広がりにも雲泥の差が出るので、どんどん参加すべきだと思います。知らないというのはとてももったいないことだと思うので」

「少し時間さえ作られれば参加できると思うし、生きる上でヒントになる内容がたくさん詰まっているので、一つでも得られるようにと参加してくれれば、今後の人生に活きると思います」

―ありがとうございました!

 次の記事では、第2部「学生セッション」のレポートをお送りします。

文責:姜 亨起( 大東文化大学  4年)

金明昱さんの執筆記事はコチラ↓

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimmyungwook/

Number寄稿「Jリーグで愛された安英学は今…。ルーツに恩返しを続ける第二の人生。」

https://number.bunshun.jp/articles/-/840927

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